クローン病とは
クローン病という名称は、1932年にニューヨークのマウントサイナイ病院に所属していた医師クローン氏らが、この疾患を初めて報告したことに由来しています。
クローン病は、消化管のあらゆる部分に慢性的な炎症が生じる疾患であり、特に小腸や大腸に発症しやすいのが特徴です。
この病気は、炎症が連続せず、健康な部分と炎症がある部分が交互に現れる「非連続性病変」を示す点が特徴的です。発症の原因は明確に解明されていませんが、免疫の異常や遺伝的要因、さらには環境要因が影響を及ぼしていると考えられています。
発症年齢は10代後半から30代前半が多く、若年層に比較的多く見られます。また、炎症は小腸や大腸だけでなく、口腔内や肛門周囲にも及ぶことがあり、消化器全体に影響を与える可能性があります。
クローン病は指定難病
クローン病は、原因が不明であり、根本的な治療法が確立されていないことから、日本では指定難病(指定難病306)に認定されています。
指定難病とは、国が定めた一定の基準を満たす難病のことで、患者が適切な治療を受けられるように医療費の助成制度が設けられています。
クローン病は、長期間の治療と継続的な管理が必要となるため、医療費の負担が大きくなるという背景から、特定の条件を満たせば、医療費助成を受けられる制度が整備されており、患者の経済的負担を軽減する仕組みが設けられています。
クローン病の症状
主な消化器症状
腹痛
小腸や大腸の炎症によって腸の動きが悪くなり、腸が狭くなることで痛みが生じます。
特に食後に痛みを感じることが多く、炎症が進行すると強い腹痛を伴う場合もあります。
慢性的な下痢
腸の炎症によって水分吸収がうまくいかず、水様便や泥状便が続くことが多いです。
長期間続くと脱水症状のリスクも高まります。
血便
腸に潰瘍ができることで、便に血が混じることがあります。ただし、炎症の程度や場所によっては血便が出ないケースもあります。
腸閉塞
腸の炎症や瘢痕化(組織が硬くなること)によって腸が狭くなり、食べ物の通過が妨げられると腸閉塞(イレウス)を引き起こします。
この場合、強い腹痛や嘔吐が起こり、緊急の治療が必要になることもあります。
全身症状
体重減少・栄養障害
炎症による消化吸収機能の低下や食欲不振の影響で、栄養が十分に吸収されず、体重が減少することがあります。特に鉄分やビタミンB12、亜鉛などの栄養素が不足しやすいため、貧血や免疫低下のリスクが高まります。
発熱
炎症が強い場合、微熱~高熱が続くことがあります。
倦怠感・疲労感
炎症が慢性的に続くことで、体力が消耗しやすく、日常生活で強い疲労を感じることがあります。
消化管以外の症状(腸管外症状)
クローン病は、消化管だけでなく、全身の様々な部位にも炎症を引き起こすことがあります。
関節炎
膝や足首、手の関節などに痛みや腫れが生じることがあります。
皮膚症状
結節性紅斑(赤く腫れた発疹)や壊疽性膿皮症(皮膚の潰瘍)が出ることがあります。
目の炎症
ぶどう膜炎や結膜炎などが起こることがあります。
肝胆道系の異常
胆石や原発性硬化性胆管炎(胆管の炎症による胆汁の流れの障害)を合併することがあります。
クローン病の進行による合併症
クローン病が長期間続くと、以下のような合併症が生じることがあります。
腸狭窄
(ちょうきょうさく)
炎症が慢性化すると、腸の一部が狭くなり、食べ物が通りにくくなることがあります。
穿孔
(せんこう)
腸に穴が開き、腸の内容物が腹腔内に漏れることで腹膜炎を引き起こすことがあります。
大腸がんの
リスク
長期間にわたって炎症が続くと、大腸がんのリスクが高まるため、定期的な内視鏡検査が推奨されます。
クローン病の原因
クローン病の明確な発症原因は解明されていませんが、免疫異常・遺伝的要因・環境要因などが複雑に関与していると考えられています。
これらの要因が相互に影響し合い、腸内の過剰な免疫反応が炎症を引き起こすことで発症すると考えられています。
免疫異常が関与
クローン病は自己免疫疾患の一種と考えられており、腸内に存在する腸内細菌や食べ物などの無害な物質に対して、免疫が過剰に反応して炎症を起こすことで発症すると考えられています。
通常、腸内には免疫を抑制する仕組みがあり、外部からの刺激に対して適切に反応するよう調整されています。しかし、クローン病の患者ではこの免疫制御がうまく機能せず、過剰な炎症が長期間持続することで腸管にダメージを与えます。
遺伝的要因(家族歴)
クローン病は、遺伝的な要因が関与している可能性が高いとされています。
特に、クローン病の患者の約10〜20%は、家族の中に同じ病気を持つ人がいることが報告されています。
遺伝子の異常
クローン病の発症リスクに関連する遺伝子として、NOD2遺伝子の変異が注目されています。この遺伝子は、腸内細菌に対する免疫応答を調整する働きを持っていますが、NOD2遺伝子に異常があると免疫の過剰反応が起こりやすくなり、炎症が持続しやすくなると考えられています。
多遺伝子疾患としての側面
ただし、クローン病は単一の遺伝子異常によって発症するわけではなく、複数の遺伝子が関与する多因子疾患と考えられています。そのため、遺伝的素因があっても、環境要因が加わらなければ発症しないケースもあります。
環境要因
クローン病の発症率は、生活習慣や環境の影響を受けることが知られています。
特に、食事、喫煙、腸内細菌のバランス、ストレスなどが発症リスクに関与している可能性が示唆されています。
食事の影響
近年、日本を含む先進国でクローン病の患者が増加しています。これは、食生活の欧米化が関係していると考えられています。
高脂肪・高タンパク食
動物性脂肪や加工食品の摂取が増えると、腸内環境が乱れ、炎症を促進する可能性がある。
食品添加物
乳化剤や保存料などが腸内細菌のバランスに影響を与え、免疫反応を変化させる可能性が指摘されている。
腸内細菌の変化
食生活の変化によって腸内の細菌バランスが崩れ、腸管の免疫系が過剰に活性化される可能性がある。
喫煙
クローン病の発症率は、喫煙者で高くなることが確認されています。
喫煙は腸の血流を悪化させ、炎症を増強する作用があるため、クローン病の悪化リスクを高めると考えられています。
さらに、クローン病患者が喫煙を続けると、再燃率が高まり、治療の効果も低下しやすいことが知られています。
腸内細菌の影響
クローン病の患者では、腸内細菌のバランスが乱れていることが多く報告されています。
いくつかの研究では、特定の細菌が異常に増えており、これが免疫反応を引き起こしやすい要因になっている可能性が示唆されています。
腸内環境の変化によって、腸のバリア機能が低下し、炎症が起こりやすくなると考えられています。
ストレス
ストレスそのものがクローン病の直接の原因ではないとされていますが、精神的・肉体的ストレスは再燃の誘因となる可能性があります。
自律神経のバランスが崩れると、腸の運動や免疫機能に影響を与え、炎症の悪化を引き起こすことがあります。
クローン病の検査・診断
クローン病の診断は、症状や病歴の確認に加え、血液検査や内視鏡検査(胃カメラ検査・大腸カメラ検査)、画像検査を組み合わせて行われます。
血液検査
炎症の有無を確認するため、白血球数やCRP(炎症マーカー)を測定します。また、栄養状態や貧血の有無を調べ、腸の炎症による栄養吸収の低下や出血の影響を評価します。
便潜血検査
便に血が混じっていないかを調べる潜血検査や、腸内の炎症マーカー(カルプロテクチン)を測定し、炎症の程度を確認します。
内視鏡検査(胃カメラ検査・大腸カメラ検査)
腸の炎症が飛び飛びに発生する「非連続性病変」や深い潰瘍があるかを確認し、組織を採取して病理検査を行います。
画像検査(CT・MRI・バリウム検査)
小腸の狭窄や潰瘍の有無、腸閉塞や膿瘍などの合併症を確認するために実施されます。画像検査が必要と医師が判断した場合、連携する高度医療機関にご紹介いたします。
鑑別診断
クローン病と似た潰瘍性大腸炎、感染性腸炎、虚血性腸炎などとの違いを見極めることが重要です。クローン病は診断が難しく、複数の検査を組み合わせて慎重に判断されます。
クローン病の治療
クローン病は完治が難しい慢性疾患ですが、適切な治療によって症状を抑え、病気の進行を遅らせることが可能です。
治療の目標は、炎症を抑えて症状を改善し(寛解導入)、その状態を維持する(寛解維持)ことです。
薬物療法(基本的な治療)
炎症を抑える薬
軽い症状の場合、腸の炎症を和らげる薬が使われます。
強力な炎症抑制剤(ステロイド)
炎症が強いときに短期間使用される薬で、効果が高いですが長期間使うと副作用が出やすいため、慎重に使われます。
また、局所で炎症を抑えるステロイドもあり、こちらに関しては効果はマイルドですが副作用が比較的少ないことが特徴です。
免疫の働きを調整する薬
体の免疫が過剰に反応するのを抑え、炎症が悪化するのを防ぐ薬です。症状が繰り返し起こるのを抑えるために使われることが多いです。
体の免疫をコントロールする注射薬
免疫の異常な働きを抑えるための注射薬で、病気が長引いている場合や、他の薬で効果が得られにくいときに使われます。
栄養療法(食事管理)
腸に負担をかけないよう、低脂肪・低残渣(食物繊維を控える)食を基本とし、消化しやすい食事を心がけます。
小腸が広範囲に炎症を起こしている場合は、経腸栄養(栄養剤を口や鼻から投与)や静脈栄養(点滴)が必要になることもあります。
外科的治療(手術)
薬物療法でコントロールできない場合や、腸の狭窄、穿孔(腸に穴が開く)、膿瘍、痔瘻(じろう)が重症化した場合に手術が検討されます。
腸の一部を切除する手術が行われますが、クローン病は再発しやすいため、必要最小限の範囲で手術を行うのが一般的です。
生活習慣の管理
喫煙は病気の進行を悪化させるため禁煙が推奨されます。
また、ストレス管理や適度な運動も症状の安定に役立ちます。
クローン病の再発予防
クローン病は寛解期(症状が落ち着いている時期)と再燃期(症状が悪化する時期)を繰り返す慢性疾患です。
完全に発症を防ぐ方法はありませんが、適切な対策を講じることで再発(再燃)のリスクを抑えることができます。
規則正しい生活習慣を心がける
- 食事・睡眠・運動のバランスを整えることで、腸の働きを安定させる
- 暴飲暴食や長時間の空腹を避けることで、腸への負担を減らす
禁煙を徹底する
- 喫煙は再発リスクを高める要因であり、治療の効果を下げることが分かっています
- 特に小腸型クローン病では、喫煙者は非喫煙者より再燃しやすいため、禁煙が強く推奨されます
再発予防のための薬を継続する
- 症状が落ち着いていても、医師の指示に従い継続的に薬を服用することが重要
- 自己判断で薬をやめると、再燃のリスクが高まるため注意が必要
消化に優しい食生活を心がける
- 低脂肪・低残渣(食物繊維を控える)・消化の良い食事を基本とする
- 腸に刺激を与えやすい食品(辛いもの、アルコール、カフェイン)を避ける
- 腸内環境を整えるために、発酵食品などを適度に取り入れる
ストレス管理を行う
- 過度なストレスは腸の動きを乱し、炎症を引き起こしやすくなる
- リラックスできる時間を持ち、適度な運動や趣味を取り入れる
定期的な受診・検査を受ける
- 症状がない時でも、定期的な診察や内視鏡検査を受けることで病状をチェック
- 早期に異常を発見し、適切な治療を行うことで悪化を防ぐ